読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

J_bunbun’s diary

君の涙で花が育ち、君の笑顔で花が咲く。

年末に10000文字インタビューを読み返す。

今日で2015年も終了。
雑誌の片付けをしていたら懐かしいものを発見。
2013年12月から2014年8月に渡ってMyojoで連載された「裸の時代」10000文字インタビュー
ちょっと読み返してみよう。
彼らの気持ちを。

そこには、
2007年に彗星のごとくデビューしたHey! Say! JUMP Jr.時代が短かったことからエリートグループのように思われているが、先輩のKiS-My-Ft2A.B.C-Zより先のデビューは、イバラの道へのスタートだった…。
と書かれている。

10000文字を読んでいるとほろっとくる。
J.JExpressYa-Ya-yahHey!Say!7Kitty GYM様々なグループに所属していた彼らの本音。
A.B.C-ZKiS-My-Ft2より早くデビューしたことの後ろめたさ、申し訳なさ、周りのJr.の冷たい視線を感じていた。
(・д・)完全アウェイだった
と語った有岡くん。
「なにか言われたら、はい。って全て受けいれる」
自己主張が控えめだったHey! Say! JUMP。やっと言いたいことを言えるようになったよね。と語っていた。
小学生、中学生、高校生でデビューしたメンバーには学校面での辛さも抱えていた人もいる。

(o・ω・)高校に通う意味なんてないんじゃないかって、でも事務所の人にファンの人のことも考えなさいって言われて、意味のある高校生活にできるか、できないかは自分次第だし、だったらちゃんと通って楽しんで、仕事も頑張ろうって。

('A`)高校生の時は本当に友達いなかった。でもせっかく卒業できて、大学に行く権利があるんだからと母に言われて高校に行った意味があったんだと思えるようになるために大学進学を決めた。

山田くんと中島くんと有意義な高校生活を送った知念くん。
大学を無事卒業した伊野尾くんが今までにこにこふわふわ笑って生きてきたと思ったら大間違いなんだと改めて感じた。
Hey! Say! JUMPの誰もが苦労して頑張ってる。



小さい頃からやんちゃで、昔から芸能人になる気しかなかった有岡くん。
自分を探す旅に一人で出かけたこともあった。怒られると思ってた、しかしメンバーは皆優しかった。
いつも支えてくれたのはメンバーだという。
これから最高の瞬間を、ドンドンドンドン作っていくんだと思うんですか。ファンのみなさんと、この9人で一緒に


小さい頃からセンターで、Jr.にも関わらずコンサートをやっていた。末っ子気質で先輩に可愛がられながら育った彼が今ではHey! Say! JUMPの最年長。
Ya-Ya-yahでデビューしようと言っていた矢先のデビュー。
彼は多く語らないけれどきっと辛かっただろうなと思う。
でも彼はこう語った。
今、楽しみでしょうがないです。僕たちの未来が

嵐の大野くんに憧れてジャニーズに入った。撮影がある時は静岡から通った。
父の東京への転勤が決まり、仕事ができると喜んだ。僕の人生の8割は運なんですよと彼は言う。
あの子、なんかいいな。一緒に踊れたらいいな。そう思った山田くんと中島くんと同じグループになり高校生活を共にした。可愛いと良く言われる知念くんは可愛いだけでなく、自分を持ってる。
誰も、どのグループもたどり着いていないところまで行きたいし、まだ誰も見たことのない景色を、9人と、ファンで見たいんで。Hey! Say! JUMPなら、そんな景色が見られるとおもってるんで。誰も見たことのない景色が

ジャニーズ入ったら美味しいもの食えんじゃん。それがジャニーズに入るきったかけだった。お母さんは、そういう世界反対だった。Jr.時代はデビューを意識するより、今日、明日のことしか考えられなかった。
高校はあえて堀越を選ばなかった。仕事以外の友達が欲しかったから。しかし、全然馴染めなかった。Hey! Say! JUMPに入れようかギリギリで決めた。と言われた伊野尾くん。
Hey! Say! JUMPとしての仕事の付き合いだけでなく、プライベートでも付き合うようになった。
悩みや焦りは言うほどはない。
今を、心から楽しんでるから
つらかったことより、楽しかったことばっか出てくる

センターが当たり前だった。
先輩達に可愛がられ、Jr.ながらもドラマやPVに出演した。
山田くんの俺、やめようかなの気持ちがわからなかった。
僕がみんなを引っ張っていかなくちゃとおもった。
セカンドシングルでセンター交代。
ひがみや嫉妬が限界までいった。
いじられても真面目に怒っていた自分。
Hey! Say! JUMPの中で埋れないために楽器やカメラ、乗馬などに挑戦。
ドラムを選んだの、偶然じゃなかったのかなって思うことすらありますね。ドラムは一番後ろなんで、メンバー全員とお客さんが見渡せる位置にいるんです。安心するんですよ、みんなが見えると、

薮くんが自分が戻る居場所を作ってくれたこと感謝してます。
と彼は言う。
努力は誰でもしてる。ドラマも自分じゃない方が良かったのでは?と思った。
今ではHey! Say! JUMP大好き。と言ってくれる髙木くん。
自分で進みたい道を見つけたくて、諦めてしまいたい時メンバーの顔が浮かんで。辞められなかった。

ジャニーさんにYouをHey! Say! JUMPに入れようと思ってるんだけど。入れないならほかの子を入れるけど。どう?踊れるわけでもない、歌えるわけでもない。自分が本当にいいのか?そんな疑問を抱きながらも母に自分の活躍している姿を魅せたいと決心して決めた。
ドラムをやる中島くんを見て自分もギターをやろうと父に教えて欲しいと初めて頼み込んだ。
デビュー曲では自分がダンスができないせいでレベルを合わせてくれてる皆に申し訳なかった。泣いたときは頭が痛いと分かり易い嘘をついた。岡本くん。
皆本当に優しいんですよ
父の背中を追い続ける。
家族のような仲間と共に

先輩の端っこで踊りたくてジャニーズに
入った八乙女くんは時には厳しく嫌われ役を買ったこともあった。
にこにこおちゃらけてる八乙女くんは本当はストイックで真面目。
ファンの人に恩返しがしたいとよく言っている。
宮城からリュックにダンベルを入れて通った東京。センターポジションになった時はなんで?って思った彼が、今Hey! Say! JUMPを支えている。
東京のやつってチョー嫌な奴じゃん。
ぶっきらぼうな薮くんが睨んでるようにみえて、東京のやつってチョー嫌な奴じゃんって思いました笑
亀梨くんに「亀梨くんが踊ってるのを見てジャニーズ入りたいと思った」って伝えたんですよそしたら亀梨くんが「バックで頑張ってるのも意味あるんだなって。」

僕は追加で受かった人間だったんで、なんか、おまけみたいで嫌だなって思いました。
マイクを持つまで2年かかった。
それまでの2年がすごく長かった。すごく。
俺社長に「あなたよりあの子の方がいいよね」って言われたことがあって、終わったな、俺って思いましたもん。
Hey! Say! JUMPを結成した時は、ドッキリだろ、ウソだろぉ~って思いましたもん。あんだけの中からなんで僕が選びれたんだろうって。
「ぶっちゃけおまえのこと嫌いだった」中島くんに伝えた。
わかってたよ。俺も嫌いだった。」
それからは食事に行ったり、遊んだり、二人の友情は固く結ばれた。


Hey! Say! JUMPは決してエリートグループなんかじゃなかったと思います。
Hey! Say! JUMPを結成してから有岡くんは僕が7とBESTを繋ぐ架け橋になれたらと言っていた。
薮くんは髙木くんの居場所を作り、岡本くんのことを叱ったりもした。
そんなHey! Say! JUMPが抱えていた感情を読み返してみると何か思い当たる節が沢山ある。

Hey! Say! JUMPで良かったと思える

そう言われた時。私は安心する。
彼らを応援していたいと思える。
モンスターグループ
その夢ももう、すぐそこまで来てるのかもしれない。
Hey! Say! JUMPらしく。
いつまでも皆が互を思いやる気持ちを持って。東京ドーム公演で全員で涙した日を忘れずに、どこまでも突き進んで行ってほしいと思います。
全力で応援するから。

また数年後に読み返したらきっと何かが変わる。そう思う。
皆さんも読み返して見てください(*^^*)